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 全人類が、とまでは言わない。  だが、多くの日本人が一度は抱いたであろう夢がついに現実の物となった。  B・K・S(膀胱共有システム)  真冬の最中に潜り込んだ炬燵の中で、いったいどれほどの家族がこの台詞を唱えたことか。 「追加のみかん持ってきて」 「ついでにお茶持ってきて」  そして 「私の分もトイレ行っといて」  ──私の分もトイレ行っといて  できるわけがない。わかっている。だが夢を見る。  心地よい熱で守られた砦から這い出る勇気、気力、体力、その全てを振り絞る労力を考え、得られる対価が身の竦むような寒気だと思えば、たとえその果てに尿意からの解放と一抹の達成感が得られようとも、割に合わない。誰かが代わりに済ませてくれたらいいのに。そうすれば、この世の一人分の労力だけで万事解決する。  世の中の偉い人、頭のいい人の中にも同様の経験をした者がいたのだろう。夢見たのだろう。だからこそ、ついに、この真冬に見る幻想は現実の物となったのだ。  B(膀胱)・K(共有)・S(システム)  このシステムに登録した人々は「代行膀胱保持者(代行者)」へと自分の尿を転移させることができる。尿意を感じたとき、「代わりに行っといて」と脳内で念じれば、それだけで代行者はその人の分の尿意を覚え、トイレへと直行してくれるという寸法だ。  もちろん、代行者には多大な身体的負担がかかる。だが卑俗な動機はそれをおしても代行者を志させる物である。  すなわち金である。  卑属の極みことこの私が、よすぎる程よい賃金に目の眩まないわけがなかった。外出する必要もない。自宅で働けるから楽なもんだと気軽にほいほい応募し、受かった。晴れて代行者となった。  そして今、地獄の底で後悔している。
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