翡翠の主

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 セッティングを終えてから三十分ほどが経過した。  春先とあって、鳥のさえずりが増えている。この間、何羽かのカワセミが姿を見せたが、主はいまだ現れていない。どのカワセミも美しかったが、抜きんでた美しさではなかった。主は他のカワセミとは一線を画するほどの美貌の持ち主。差がなければ、それは主ではない。  だが、いずれ現れる。カワセミは、自分が定めた餌場を行き来する習性がある。つまり餌場で待ってさえいれば、必ずやってくるのだ。  僕はさらに待った。カメラの調整をしながら、ひたすら待った。ときどき周りの合唱に耳を傾け、遠くの山を見て目を休ませながら、主を待った。  幾分かの時が流れたとき、カワセミの声が聞こえた。  主が来た。僕はすぐに分かった。  直感ではない。明らかに他とはその質が違う。主は、声ですら突出して美しかった。  僕はフレームを覗く。止まり木の先、フレームの外から、  主が現れた。
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