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 私は高校の教師をしていた。勤める学校は進学校として名の通った高校で、勉強の得意な生徒がその年も多数入学してきた。 私が彼女を知ったのは、様々なオリエンテーションの中に組み込まれた学力診断のためのテストだった。彼女の全体的な成績はぱっとしないものだったが、私の専門教科の数学だけが満点だった。それがただ勉強のできる単純な秀才タイプと違っていて、私の気に留まった。それでも「ほう」と思っただけだったが。しかしその〝ほう〟だけをもってして、私は彼女を初めて知った。  オリエンテーションが終わり、授業が始まった。彼女は数学の係になっていた。私の勤めていた学校では教科ごとに係を決めた。体育やその他なにかの器具を使うような授業でない限りあまり有用ではないと思っていた。それでも結果、私にとって意味深いシステムになった。私と彼女を近づけたのはこれのおかげでもあった。 彼女が自己紹介の為に私のところにきた。しかし数学には名前も趣味嗜好も必要ない。それを数学の魅力の一つだと私は思っている。名前を聞いて私は学力テストの結果を思い出し、彼女の姿を初めて視とめた。彼女はなかなか長身だが威圧感がなく線の細い人だった。しかしその存在はくっきりと確かで、まるで世界との間に溝を作っているみたいにみえた。彼女が自己紹介を終えた後に、私は当たり障りのない笑顔で「初めまして」と言った。  なにが私たちを急速に親密にしたのだろうかと考えてみる。共感があったように思うが、それは中頃からの加速度として作用はしても着火剤のようなものとはいえない。始まりにあったものは、一方的な興味や関心だっただろう。そういった意味で言えば一番にあったのは心配だったのかもしれない。あの溝のようなくっきりとした線は人を寄せつけ得ないものだった。孤独は大した問題ではないにしても、わざわざ敵を増やすようでないといい。これもある意味で共感といえなくもない。
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