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 定期試験が始まった。あれから一度も彼女と話していなかった。彼女がどんなことを企んでいたのか、結局わからないまま、テスト期間を迎えた。なんてことのないことと考えていたのか、それともどういう方向にせよ彼女と親密になることについて抵抗する気がなかったのか。私は自分の中で彼女に対する好奇心が段々と高まっていることも感じ始めていた。数学のテストは最終日。テストを受ける彼女がどんな心持なのか気になっていたことを憶えている。担当している教科のテストが行われている時間、その教師は受け持っているクラスを順繰りに回る。私は彼女のいる教室が近づいてくるのを意識しながら、その他の教室を入っては出て、入っては出てを繰り返した。 とうとう彼女のいる教室まで辿りついた。教室に入ると目は一周ぐるりと見渡しながらも彼女への注視を忘れなかった。よく集中していた。ペンはよどみなく動き続け、まるで集中が目に見えて発散されているようだった。そしてこれは華美にすぎるだろうが、その集中が私の放つ彼女への好奇心と混ざり合うように思っていた。まるで共同作業をしている二人であるようにお互いの雰囲気が合わさるように。テストについての生徒からの質問に答えながら、その心地よい幻、それでも頭の中では〝これはまずいぞ〟と警告も発せられていた。まずいに決まっている。思い返しても文字だけでしか警告は浮かんでこないが、当時は彼女への好奇心に相対せるほどの警戒心を生んだはずだ。結果意味をなしてはいないに せよ。 そして私がそろそろ教室を出ようとしたときに彼女がペンを置いた。集中から解き放たれた彼女が顔をあげてこちらを見る。簡単に目を逸らすことなどできるはずない。そして微笑みを浮かべた。とても企みなどないような純粋な達成感に満ちた微笑みだった。  採点の結果、彼女は当然満点だった。  警戒心と好奇心のせめぎ合い。これは人が幼いころから経験することだろう。人は成長するごとに警戒心を強め、好奇心を押しつぶし、なかったことにしようとする。しかも人は成長をするたびに好奇心を抱く機会すら減らしていく。だからこそ一度起こった好奇心は大切で、強固にもたらされるべきだ。時には頑迷になってしまい、心が役に立たなくなるほどに。一つの方向をすでに向いてしまっている私の体が、方向転換をするために理由を探している。そのせめぎ合いを私は楽しみ始めていた。
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