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彼女に CD を返した。彼女は「ちゃんと聴きましたか?」と聞いてきた。私は「聴いたよ。毎日聴いているくらいだ」と答えた。彼女は少し嬉しそうにした。 次に彼女と話をしたのはまた幾日か後の昼休みだった。四時限目の授業の終わり、運ぶものもほとんどないのに彼女は私の後をついてきた。職員室に着き、昼食を何にしようかと考えながら荷物を受け取った。私が「ありがとう」というと、彼女が「時間ありますか」と聞いてきた。私は少し怯えていたかもしれない。「ああ」とだけ返した。 進路相談用の教室が空いていた。ここはこれまでも様々 ( 一人になるために ) 利用してきたが、この日から全く今までにない用途で私に重宝がられることになった。 彼女はその教室に入ると中心に置いてある机まで歩いて一巡り見回した。ここは学校という雑多な場所の中で珍しく静けさがある。 「あの CD は気に入りましたか?」 彼女は言った。 「ああ。自分でも驚くほど」 私はとても緊張していた。というより緊張するということ自体が久しくなかったために緊張とそれに対する怯えが同時に生じているようで、一言でいうなら揚がっていた。 「でも気に入ったというよりすんなりと浸透してきたというほうが正しいかもしれない」 「やっぱり。先生ならわかってくれると思った」 彼女は目を閉じる。あの曲を聴く時の私みたいに。 「気に入らざるを得ない」 これはどちらがいった言葉だっただろうか。二人に同時に生じた印象のようでもある。 「なんであの CD を私に?」 彼女は微笑みを浮かべた。 「今言った通り、わかってくれそうだったから」 私は期待に強くない。 「それでも国語の教師なんかのほうが深くまで理解してくれると思わないのかい?」 彼女はあまり使用されないつるつるとした机の角を撫でている。 「他の先生はやっぱり浸透なんて言葉は使わないと思います。何よりも分析なんて示されたら、興醒めをこえて取り返しのつかない壊され方をされてしまうかもしれない」 彼女の話し方を私はとても好いている。素直に飲み込める、というよりまさに浸透という言葉がまた出てくるが、話をしていると体の中が潤っていくのを感じる。
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