第三章 ゴールで待ち受けていたもの

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 わたしの両親は、火傷をした理由を聞いて顔を青くした。父はデグランジュ氏を訴えると息巻いたが、それでも議会の職員が我が家を訪れ、「お嬢様の受けた損害には、議会の方からちゃんとした補償をいたします」と、侘びを入れると渋々納得したのだった。 「ぼくとママは、タイタニアまで行くんだよ。今日はお芝居を見て、明日はドラゴン・レースを見るんだ!」  男の子は嬉しそうに大声を出すと、個室内で飛び跳ねた。すると今度は母親のカミナリが落ちた。しょげ返る男の子と申し訳なさそうな顔をする母親に、わたしは「父のいびきの方がひどい失礼をしていますから、どうか気になさらないでください」と、言い添えた。 「ウィノアさんは、レースに出場されるのですね。そんな方とご同席できるなんて光栄ですわ」  わたしが自己紹介をして、タイタニアまで向かうわけを説明すると、男の子だけでなく若い母親までもが椅子から身を乗り出した。十年に一度のドラゴン・レースは、言うまでもなく人々の大きな関心事なのだ。  夫が通信関係の仕事をしているという若い母親の話によると、タイタニア駅の周辺には、観戦に集まる人々を目当てにした出店が立ち並んでいるようだ。そこでは大道芸人がさまざまな芸を見せ、レースを題材にした芝居小屋までが建てられているらしい。  わたしは鉛の塊を飲み込んだような気分になった。彼女の話だけを聞いても、異様なほどの賑わいぶりだ。おまけに、タイタニアの海岸からアトランティス島南部の大きな町までは議会専用の電信線が張られており、それを使ってレースの経過を世界中に中継配信するという。それを聞くと、わたしの緊張はいやが上にも高まってきた。 「もうじき正午になりますわね。竜たちは、もうアメリカ大陸を飛び立ったでしょうか?」 「いいえ、竜たちが飛び立つのは今日の日没になると思います。彼らは八時間ほどで千キロの空を飛び、それから六百キロの海を六時間ほどで泳ぎ渡るのです。時差を考えたら、タイタニアの海岸に竜たちが姿を現すのは、明日の昼近くになるでしょう」  若い母親の問いかけに返事をすると、わたしはぼんやりと窓の外を眺めた。わたしの心は千六百キロの距離をこえて、セヴィエルのもとまで飛んでいってしまったのだ。 image=510974034.jpg
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