第三章 ゴールで待ち受けていたもの

3/81
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ
 汽車は線路をきしませながら、緑が豊かなアトランティス島東部を抜け、大きな町が連なる南部にさしかかっていた。窓の外には、天にも届くほどの巨大な建造物が連なった風景が広がっている。男の子は扉側の窓に顔をつけるようにして、その景色に見とれていた。  建ち並ぶ建造物の中でも、アルミニウムで化粧された鉄骨の骨組みを外装の表面に浮き立たせ、最上階が卵型のドームになった銀行ビルや、十階以上の部分がピラミッドの階段状に小さくなって、頂点に旗が立てられた電気会社のビルがすばらしかった。小さな男の子だけでなく、建築にほとんど興味がないわたしですら、思わず目を見張るようなデザインだ。  わたしは、以前ニューマン先生から聞いたことがある異世界の町並みを想像した。異世界では、数百メートルの高さを誇る鉄塔やビルが、ひしめき合うようにして建ち並んでいるらしい。この世界の建造物がいかに巨大でも、異世界の建造物のスケールにはかなわないのだ。  しかしいずれは異世界の建造物にも肩を並べるような建物が、このアトランティスにも建てられようとするだろう。優秀な建築家は、新技術への挑戦と、巨大さへの冒険を試みたがっている。だけど、いつかわたしたちの住む地球にアセンションが訪れたら、その時これらの建物は、そしてそれを作ろうとしている人間たちは、いったいどうなってしまうのだろうか? 「建物が空へ向かって伸びていくのは、人間が持つ虚栄心や競争心の現われだ。それはアセンションの理念とは相容れない。人間は根底から性悪な生き物だ」  巨大な建造物を見ながら感じた不安が、デグランジュ氏の声となって頭の中に響いた。  異世界は人間だけの世界だという。異世界の地球がアセンションに失敗したら、そこに住む人々はどうなるのだろう? デグランジュ氏が言ったように、本当に滅びてしまうのだろうか。わたしは軽く目を閉じて、汽車の揺れに身をまかせた。 「ねえ、セヴィエル。あなたなら、巨大な建造物を前にしてどんな話をしてくれる?」  わたしは目を閉じたまま布張りの座席に身をうずめた。若い母親もわたしが眠ったと思ったのか話しかけなくなり、小声で男の子の相手をするだけになった。汽車のスピードが落とされるまでの一時間ほど、わたしは夢と現実の間をふらふらとさまよった。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!