第三章 ゴールで待ち受けていたもの

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「ウィノアさん、もうじきタイタニアですよ」  若い母親の声で目を開いた時、窓の外には一面の砂丘が広がっていた。わたしはその美しさに感嘆のため息をついた。はるか遠くに青い海が広がり、その手前に純白の砂浜が横一直線になってどこまでも続いている。なだらかにうねる砂丘は貴婦人の寝姿を思わせ、まさしく妖精の女王の名前を授かるにふさわしい海岸だ。タイタニアの砂浜が純白なのは、この砂のすべてが良質の石灰石だからだ。 「ここがタイタニアの海岸ね……。十年もの長い間、竜たちが目指してきた場所だわ」  いつまでもこの美しい風景を眺めていたかったが、わたしはその誘惑を振り払った。  スピードがかなり落とされている。まだ汽車がゆっくりと走っているうちに荷物を下ろし、外へ出るしたくをしなければならない。わたしは若い母親に礼を言うと、隣の座席で大いびきをかいている父を揺り起こした。  駅の改札口にたどり着くまで、わたしと父は今までに見たこともないほどの人ごみにもまれ続けた。やっとの思いで改札口を出ると、父は苦笑いを浮かべて、駅前の広場に建てられた芝居小屋を指差した。 「すごいな、あの芝居小屋の看板を見てみなさい」  わたしは言われるままに父の指差す先を見た。そこには客寄せのために描かれた大看板が掲げられている。その絵柄を見た瞬間、わたしは一瞬息がつまったようになり、大急ぎでその前を逃げ出した。 「海賊の扮装をした娘と、フォントルロイ・スーツの貴公子の恋物語だよ。笑えるなぁ。話の種に、昼食のあとで覗いてみるかい?」 「嫌よ、絶対に行かないわ!」  父は、わたしのあわてた様子を大笑いすると、芝居小屋から少し離れた食堂の前で立ち止まった。 「ここで腹ごしらえをしよう。我が町のビールを置いている店だ」  父は店先に飾られたビール瓶を指ではじくと、わたしの意見も聞かずにさっさと店内に入ってしまった。瓶に張られたラベルを見ると、竜の背に乗った海賊娘が印刷されていた。わたしはその図柄の奇妙さに、思わず顔をゆがめてしまった。なぜなら娘の頬は毒々しいほど赤く塗られており、下品に口を大きく開けた笑顔で描かれていたからだ。 「ひどい! これってあんまりだわ……」  
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