第三章 ゴールで待ち受けていたもの

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「なあに、心配はいらんよ。ここで海賊の衣装に着替えでもしなければ、お前がラベルのモデルになった人物だってことには誰も気がつかないさ。あのラベルの娘はブスすぎる。酒組合のメリング氏に文句を言わなきゃいけないな。それにしても海賊娘は人気者だぞ。お前はうつむいて歩いていたから気づかなかっただろうが、町のあちこちにポスターが貼ってあった。言うまでもなくホワイトサンド町で印刷した、特産物宣伝用のポスターさ。こちらは人気絵師に依頼しただだけあって、実物よりもだいぶ美人に描いてあった。ほら、あの五人家族が座っている席の壁を見てごらん。あそこにも貼ってあるぞ。もっと近くで見たいな。ウエートレスに頼んで、あっちの席に替えてもらうか」  父はそう言うと、忙しく店の中を飛び回っているウエートレスを手招きした。わたしはあわてて父の手を押さえる。 「嫌よ、お願いだからそんなことしないで」 「冗談だよ。さあ、料理を注文しよう。おなかがペコペコだ」  父は鼻ひげをいじりながら笑うと、ベーコンとチップスのランチをふたつ注文した。  わたしは料理がテーブルに乗せられると同時に大急ぎでそれを食べ、父よりも先に食堂を飛び出した。あまりに急いで食べたため、チップスの塊が胸のあたりでつかえている。 父は店の支払いを済ませると、顔を青くしているわたしのために、エルダーフラワーの飲料水を買ってきてくれた。 「ウィナ、苦しかったらこれを飲みなさい。それから、人気のないところを見つけて少し話をしよう。本当は汽車の中で話をしたかったが、何だかきっかけがつかめなくてね。寝たふりをしながら考えていたら、あの親子が乗車してきてしまった」  わたしと父は、お腹をすかせた観光客で賑わう食堂街を抜け、ゆるやかなカーブを描く馬車道へと出た。  この日のために、タイタニアの馬車道は石ころひとつ落ちていないように美しく整備されている。馬車道の片側には淡い蜂蜜色の石畳が敷かれており、そこにはいくつものホテルが肩を並べるように建てられていた。 「さすがは名だたる観光地だ。このあたりの建物は、きれいに外観が統一されているな。外壁はグレーか淡い黄色のレンガ造りだし、建築形式もそろいもそろって新古典主義だ。青い海と白い砂浜によくマッチしているが、どれがどの建物だかわかりゃしない。こりゃ、議会が指定したホテルを探すのに一苦労するぞ」
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