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わたしたちは馬車道を横断し、海岸に面した路肩に沿って歩いた。路肩には低い石垣が設けられており、そこには数メートルおきに各国の旗が立てられていた。しかし、ここも頻繁に馬車が走り、土煙が上がって、ゆっくり話ができる感じではない。
わたしたちは蜂蜜色をした石垣にそってしばらく歩き、ようやく海岸へ下りる階段を見つけて腰を下ろした。
「タイタニアに着いてから、だいぶ恥ずかしい思いをしただろう。しかし、これはもともとお前が乗馬服の袖を破ったことから始まったものだよ。たいして考えもせず軽はずみに行動してしまったことが、自分でも思いもよらない方向に発展してしまうこともある、ということさ。このことはよく覚えておきなさい」
「話って、乗馬服を破いたことのお説教だったの?」
わたしは苦々しい気分を噛み締めながら、エルダーフラワーの飲料水を口に含んだ。すると、口の中で小さな泡がはじけて、マスカットによく似た風味が広がる。くやしいけれど、父の言うことももっともだ。
芝居小屋の出し物に始まって、ビールのラベルと町の宣伝ポスター。思い出すだけでうんざりしてしまう。わたしが不機嫌な顔をすると、父は山高帽のつばを指で押し上げ、おどけた表情を作ってみせた。
「まあ、それもあるがね。本当に話をしたいことは別にあるんだ。ウィナ、お前もわたしやお母様に話をしたいことがあるだろう? 実は先日、ニューマン先生が役所を訪ねてみえられたのだよ」
「先生が? お父様の役所に?」
わたしが驚いて目を丸くすると、父は小さくうなずいた。そして、「先生は退職の挨拶にみえられたのだ」と、つけ加えた。
「ニューマン先生は、町長や町の役員たちを前に、実に堂々とお別れの挨拶を述べられた。わたしはその挨拶の言葉を聞いて感じたよ。彼女は若いが、実にすばらしい教師だ。教養にあふれて気品もある。おまけに舞台女優も顔負けの美人だ。どうして彼女がこの町を出て行かなければならないのだろう? たかが、ほかのご婦人よりも、ほんのちょっとだけ短いスカートをはくという理由だけでね」
「そうよ! わたしたちにはニューマン先生が必要なの。だからわたしは、優勝した者に与えられる願い事を叶える権利がほしいの。先生がいつまでも、わたしたちのホワイトサンド町で教師を続けられるようにしたいのよ」
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