第三章 ゴールで待ち受けていたもの

1/81
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ

第三章 ゴールで待ち受けていたもの

1 タイタニアの海岸  レース当日、わたしは夜空に星が輝くうちから早起きをして朝食を食べ、大急ぎで旅行の準備を整えた。一日に数本しかない乗合馬車を利用して、大きな町にあるターミナル駅まで向かうためだ。  バタバタと慌ただしい思いをしたが、それでも八時すぎには父とともに蒸気機関車に乗っていた。ターミナル駅からレース会場となるアトランティス島南部のタイタニアまでは、ざっと五時間近い旅になる。もともと少し身体の弱い母は、体調不良を理由に同行しなかった。彼女はレースの危険性を考えすぎて、それで具合が悪くなってしまったのだ。  わたしたちが乗り込んだのはちょっと旧式の機関車で、客車に通路がないタイプのものだった。機関車の後ろには、ひとつの車体に数個の扉がついた完全個室用の客車がつながっており、それに続いて大勢の人が気ままに座る自由席の三等客車が連結されている。  わたしたちの客室は、ひじかけのついた椅子が向かい合わせになって並んでいた。わたしは安い三等席でもよかったのだが、父が奮発して二等席のチケットを買ったのだ。完全貸し切りで、ベッドとトイレつきの一等席には手が届かなかったが、相乗りとはいえ、比較的ゆったりとした空間の二等席は居心地がいい。父は汽車が出発してからすぐに、窓際の席をひとりじめにして高いびきをかき始めた。 「お姉ちゃんの右手、痛そうだね。いったいどうしたの?」  途中の駅から相乗りになった、十歳くらいの男の子が話しかけてきた。茶色の髪に青い目をしたかわいい子だ。ホワイトサンド町のような田舎では見ることができない、品のいい男の子用のセーラー服を着ている。隣に座った若い母親が、いきなり怪我のことを尋ねた男の子を咎めるような顔をしたが、わたしは「かまいませんよ」と、返事をした。 「ちょっと火傷をしちゃったのよ。でも、腕のいい魔女の手当てを受けたから大丈夫よ」  レースまでの数日間、わたしの右手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。インガは何度も臭いの強い薬草を取替え、むずかしい呪文をかけ続けてくれた。おかげで痛みはほとんどなくなったが、まだ包帯をはずすことはできない。回復の程度は七割くらいだろうか。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!