誘拐犯はチャイムを鳴らす

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 ド、ドライブ……  驚いて不安になる私とは真逆に、妹は少し嬉しそうな表情をした。  我が家には車がない。当然、車に乗ってどこかに出かけることはなく、いつも出かける時は歩きか自転車か、公共交通機関だった。  お父さんは一応車の免許は持っているものの、おそらく免許を取ってから一度も車を運転したことはなく、スクーターに乗っていた時期もあったけど、それも廃車にしてからは乗ることがなくなった。今は片道30分の会社までの距離を自転車で通っている。  「さ、行こう」  まだ立ち止まっている私に向かって、おじさんが振り返り、もう一度促す。妹はおじさんのすぐ後ろを歩いていた。裏切り者め……  もし田川のおじさんが本当のおじさんなら、私はここでおじさんというよりも、両親に対して不義理を働くことになってしまう。観念して、おじさんについていくことにした。  「おじさん、私たちをどこに連れてくの?」  素直な妹がおじさんに尋ねた。彼女のいいところは、思ったことを口に出来ることだ。全てお腹の中に溜め込んでしまう私とは逆の、実に子供らしい性格は羨ましくあるけど、私にはなれそうもない。  「さぁ、どこだろうね」   意味深な笑いを浮かべるおじさんに、ゾクッと背中が震える。やっぱりおじさんは誘拐犯で、これから車に乗せられて、どこか遠いところに連れて行かれるんだ。そして私たちは、シンデレラのように朝から晩までこき使われて働かされるのかもしれない。あるいは、言葉も通じない外国に置いていかれて、そこで死ぬまで暮らすことになるのかも……私の頭の中でいろんな世界がメリーゴーラウンドのように駆け巡った。
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