誘拐犯はチャイムを鳴らす

13/16
前へ
/16ページ
次へ
 ケーキを食べようというおじさんの提案と、妹の熱烈な歓迎により、ケーキ屋の前で車が停まった。お馴染みの舌を出した可愛らしいペコちゃん人形を見てここが不二家であることは分かったものの、ここがどこなのか、どうやって家に帰ったらいいのかは皆目見当がつかない。  おじさんが私たちの先頭に立って、お店に入っていく。恐る恐るそれに続くと自動扉が開き、目の前のショーケースにはたくさんのケーキが並んでいる。ケーキなんて、クリスマスか誕生日にしか食べることなんてない。今日は誰かの誕生日でも特別な日でもないのにケーキを買ってもらえるなんて、やっぱり普通じゃないと思いつつ、甘い匂いとカラフルな彩りに否が応でもテンションが上がる。  「なんでも好きなものを頼んでいいよ」  魅力的な言葉に、思わず胸が踊る。けれど、その反面葛藤もあった。親戚のおじさんとは言ってるけど、今日会ったばかりの知らないおじさんにケーキを買ってもらう義理なんてない。そう、私は可愛げのない子供だった。  妹は本気でケーキを買ってもらうつもりで悩んでいた。私は買ってもらっていいものか迷いながらも、しっかりとショーケースに並べられたケーキの品定めをする。栗ののったモンブランや、艶々の果物で飾られたフルーツタルト、定番のイチゴのショートケーキ……  「どれにするか、決めた?」  おじさんが背中を屈めて私に聞いてきた。  ここで『やっぱりいいです』というのは、悪い気がした。  「じゃ、これ……」  私が指差したのは、ケーキの中でも一番安くてシンプルなチーズケーキだった。  「え。これでいいの? もっといいやつ選んでいいんだよ?」  「チーズケーキ、好きだから」  チーズケーキが好きなのは、嘘じゃなかった。でもやっぱりそこには、おじさんへの遠慮も含まれてたし、もし誘拐犯だったらそんな犯人に対して高いケーキを買ってもらうのは自分のプライドが許せないという、わけのわからないこだわりがあった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加