誘拐犯はチャイムを鳴らす

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 日常は、チャイムを鳴らされたことで非日常となった。  その日、私は妹と家で留守番をしていた。幼い頃から鍵っ子だった私達にとって、家に子供二人だけでいるのは寂しさも不安も伴わない、平凡な生活の一部だった。 「チャイム鳴ったね」  私に行けと、遠回しに伝える妹。マンションの9階に住んでいても、時々セールスマンがやって来る。こんな時の対応は、息を潜めてやり過ごすか、親がいないことを告げて帰ってもらうかどっちかだ。  ピンポーン♪  もう一度鳴らされたチャイムに、これは逃げられないと覚悟を決め、こたつから足を抜いて立ち上がる。  インターホンの受話器を前にし、一瞬躊躇いを見せる。いつもどう答えていいか迷うのだ。「もしもし……」と言いたくなるけど、電話じゃない。かと言って、何も言わないのもおかしい。 「はい……」  ドキドキしながら受話器を手に取り、無難に答えると、向こうから大きく息を吐くのが聞こえた。 「あぁ、良かった。留守かと思った。大分の田川のおじさんだよ。開けてくれるかな」 『おじさん』と名乗る通り、中年の男の声が聞こえてきた。モニターがついていないので、どんな格好をしているのか分からないけど、声だけ聞いている限りでは普通のおじさんの声だった。  私は、たちまち身を硬くした。
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