誘拐犯はチャイムを鳴らす

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 童話『狼と7匹の子ヤギ』では、子ヤギたちは油断したために1匹を残して全部食べられた。今、私がどう対応するかによって、私だけでなく妹の命にも関わる事態になるかもしれない。1歳しか違わない妹に対して、私は幼い頃から常に自分が姉であること、妹を世話し、守らなければならないことを心に刻んでいた。それは、母親からことあるごとに『お姉ちゃんだから……』という呪術を掛けられていたせいかもしれない。  ゴクリと生唾を飲み込むと、受話器の向こうのおじさんに答える。 「すみません。今、お父さんもお母さんも仕事でいないので開けられません」  すると、一瞬の間があって、アハハ……と乾いた笑い声が響いた。 「参ったなぁ……お父さんもお母さんもいないの? 疑われてるのかなぁ。えぇっと、お姉ちゃんの美都ちゃんかな? お父さんのお姉さんの旦那の田川おじさんだよ。小さい時に会ったことあるんだけど、覚えてないかなぁ?」  うちは親戚、特に父方の親戚は遠くに住んでいることもあって疎遠で、『田川のおじさん』と言われても、何もピンとくるものはなかったし、自分の名前を出されても、家のことを調べて綿密な計画を立てた誘拐犯なのかもしれないと、疑いを拭いきれずにいた。  私は一言で言うと可愛げのない子供だった。同世代の子供たちと遊びながらも心のどこかで子供っぽい(子供だから当然なのだが)彼らの言動に、自分は違うと線を引き、好きな本の世界に没頭し、大人たちの様子を冷静に(特に私を子供扱いしてくる大人に対しては至極冷静に)観察した。  妄想の世界が広がりすぎて、現実に生きることを心苦しく思っていた。玄関を開けるのに家の中に泥棒がいて鉢合わせしたらと想像し、お風呂のふたを開けるのに死体が入ってたらどうしようと怯え、誰もいなくなった夕暮れの街を歩いていると、もしかしたら世界は私ひとりを置いて別の世界に行ってしまったのではないかと考えるような、イタい子供だった。  そんな私だから、突然現れた親戚のおじさんに対して疑念を持つのは、ごく自然なことだった。
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