誘拐犯はチャイムを鳴らす

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 扉を開けると、おじさんの顔が心底安心したように綻んだ。  「あぁ、やっと開けてくれた……お父さんに連絡、とれた?」  「はい……」  そう言いながらも、私はまだ警戒の姿勢を解いてはいなかった。おじさんは靴を脱ぎ、私たちのテリトリーへの侵入に成功した。  「ここに引っ越してきてから来るのは、初めてだな」  私が小学校3年から4年に上がる春休みに、ボロアパートから新築のマンションへ引越した。あれから9ヶ月ほど経つけれど、いまだ目に眩しい真っ白な壁やなんとなく新築の臭いが残るこの家によそゆきの服を着せられている感が抜けていない。  私は妹に視線を送って見張り役を申しつけ、いそいそと台所へと向かった。親がいない時に火をつかうことは禁止されているけど、お母さんと一緒の時は料理をするし、ガスのつけ方は知っていた。何かあれば、大人であるおじさんがいるから大丈夫だろうと、この時ばかりは都合よくおじさんの存在を位置付けた。  やかんに水をかけ、沸騰するまでの間、湯呑みを3つ用意する。お茶の缶を手に取ると予想外に軽くて手が上の方までビュンと持ち上がる。蓋を開けると、もうあまり残ってなくて、お母さんに心の中で文句を言いながら急須に残ったお茶っ葉を全部入れて、缶を逆さまにしてカンカン振った。  ちらりとリビングを覗くと、妹は所在なくしながらもなんとか田川おじさんの相手をしていて、ホッとした。
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