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「……父親が居ないって、一体どんな気持ちなんやろうな」
ナツの呟きにはるは首を振った。
「分からへん。けど、あきとの音はなんや寂しい音がしよって私はそんなに好きやないねん。音には感情が乗るって言うけど、あきとの音はなんていうか……からっぽや。せっかくの真夏やっていうのに、冬の始まりを告げる木枯らしの音を聞いとる気分になる。それで『愛がすべて』とかホットナンバー吹かれたら冗談にしか聞こえんで」
「あ、これ、愛がすべてって曲なん?」
「せやで、絶対聞いたことがある名曲やろ。まあ、ディスコナンバーまとめたメドレーの中の一曲やけどな。ディスコがなんかは知らんけど、要はダンスナンバーなんやろ? あいつ見てみ、直立不動。あほほどきれーな姿勢しとるやろ。見てておもろなってくるレベルや」
まー、基礎錬の時間に無駄口叩いとる私を含めた馬鹿と違って楽器に対して真摯なんは良いところやけどな、と締めくくり、ほなそろそろ合奏始まるし私も戻るわ、とはるは音楽室へ向かって歩き出した。
ナツははると話したことを反芻し、思ったことをはるに向けて言った。
「確かにこの音はからっぽかもしれんけど、心の中まで綺麗に澄んでるから音までからっぽにできるんちゃうかな……」
はるは振り返らずにナツに向かって答える。
「その言葉、私やなくてあきと本人に伝えたってや。あいつは私が言ってもちいっとも聞かんけどな、ナツさんの言うことならもしかしたら聞くかもしれん」
はるが立ち去ってからもナツは窓の外を眺め、あきとの音を聞いた。他の部員が続々と室内に戻る中、あきとだけはメロディを切りの良いところまで吹き続けていた。まるで見えない誰かに聞かせているような、真剣な面持ちで吹いていた。
確かになんだか物悲しい音だな、と思いながらもナツはますますその音が好きになる自分自身を感じていた。
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