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胸の鼓動は届かない
ナツが行動を開始したのははるが予想したよりも遥かに早く、二人が話をした翌日からだった。
行動、とは言ってもナツは帰宅部であったから、吹奏楽部のあきとに話しかけることはしなかった。特にあきとは練習に熱心であったから、軽率に話しかけることができなかったということもある。
そのため、ナツがした行動はただ近くに居ることだった。
あきとが中庭の日陰で練習する中、ナツは陽炎が舞う日向のベンチで本を読んでいた。目は文章を追いながら、耳はしっかりあきとの音に集中していた。あきとの音は相変わらず綺麗であったが、不思議なことに昨日4階で聞いた時と距離感が変わらなかった。
(音の出どころは確かにあのベルやのに、どうしてこんなにも音の距離感が遠いんやろう)
――これもからっぽだからだろうか。
そんなことを思いながら、ナツはピンク色のバスタオル(フェイスタオルでは日向に耐えられないだろうと用意していた)を頭からかぶり、1Lのペットボトルの水をあおり飲んだ。
暑い。死ぬほど暑い。
中学からずっと帰宅部として生きてきたナツにとっては、帰宅する以外にこのレベルの日差しを浴びたことは無かった。いや、自転車での帰宅中であれば最低限の風が感じられることから、中庭の無風状態を思えば初めてと言ってもいい。
風がないことがこんなにも辛いことだとは思わなかった。日陰がこんなにも恋しいものだとは思わなかった。そして、こんなにも暑い中で部活をしている人間が練習をしているとは思わなかった。
暑い暑いとは知っていたが、実感を伴うとその評価はウナギ昇りだった。よく生きているな、この人たち。
あっという間に水が無くなり、ナツの耳にセミの鳴き声が大きく響くように感じられてきた。もはやあきとの音も持ってきた本もどうでもよくなってきたその時、声が聞こえた。
「何やってるん、お前」
「……ひゃ、ひゃああああああ」
手元の本を奪い取られると同時にタオルの上から衝撃、遅れてきた冷たさにナツは悲鳴を上げた。
「こんな炎天下の中で読書とか死ぬ気か? 命は大事にしろよ」
何事かと視線を上げると、そこにホースを持ったあきとが居た。状況を把握できず口を開けると、すかさず何かを放りこまれた。
「……しょっぱい?」
「塩キャンディだ。お前、明らかに熱中症だぞ。頭くらくらしてたの自覚してたか?」
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