悪意の老婆

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ポクポク、ポクポク。 ―えーっと、名前はなんて言ったっけ? ・・・シンジ?そう、シンジだったね。 まだ、あんたには会ったことがないからね。名前を覚えていなくっても勘弁しておくれよ。今しっかり覚えちまったからさ。 かといって、これから会うこともないんだけどね。 どうだい、千佳子さんの腹ん中の居心地は? ストレスとやらがなくなって、少しは快適になったかい? 外は色々と大変なことになっているけど、そんなこと気にしないで元気に育っておくれよ。 そうしてもらわないとあたしが困っちまうからね。 ポクポク、ポクポク。 ―先週くらいかな。あたしがまだこんな風になってない時の話だけどね。 閻魔様だか仏様だかわからないけどね、道でばったり出くわしたんだわ。 そんでその閻魔様だか仏様が言うんだよ。 もしお前が今のうちに死んだら、腹ん中の赤ん坊にして生まれ変わらせてやるってね。 いやあ、驚いたねえ。こんな幸運ってあるんだなって。 そりゃあ、あたしだって始めは迷ったさ。 なにしろ死んだ爺さんに恨み言の一つでも言ってやるつもりだったからね。 それにそんな話すぐに信じられるわけがないしね。 でもそこからがあたしの凄いところだよ。そんなちっぽけなことで躊躇ってもしようがないって思っちまったんだな。 だってさ、どうせ老い先短いばばあの命、これと引き換えにもう一度人生をやり直せるなんて、こんなうまい話は滅多にありゃしないよ。 でも流石に崖から飛び降りる時は怖かったねえ。思わず足がすくんじまったよ。 まあ、その甲斐もあって誰にも迷惑はかけずに済んだから良かったよ。老いぼれが足を滑らせた単なる事故ってことで始末されたみたいだしね。 ・・・ということでシンジ。あんたにゃ悪いけど、その命、今回はあたしに譲っておくれよ。 まあ、あんたにはまたどこかで生まれ変われる時がくるさ。 ふふ。 千佳子のやつ自分の腹から出てくるのが、あたしの生まれ変わりだってわかったらどんなに嫌がるだろうね。 ポクポク、ポクポク。 ―おっ。閻魔様だか仏様だかのお呼びがきたよ。 それじゃあ、ここらでそろそろ失礼するわ。 今日はみんな、よくここまで集まってくれたよ。 じゃあ、またね。 おわり
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