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 ホースの先をアパートの壁に向け、洗浄液を吹きかける。ガキどもの昨夜の過ちが、みるみるきれいになっていく。明日にはまた汚くなっているだろうが、別に虚しさはない。むしろ、こんな繰り返しで金をもらえるなんてラッキーだと思っている。ただ、仕事が増えたのは気に食わないが。 「どうせ明日には汚れるんだ。そこまで熱心に掃除する必要があるか?」  モルにそう尋ねたことがあった。街に落書きが増えだした頃だから、もう5年近く前だろうか。 「仕方ないよ。彼らはきっと、ああやっていらだちを発散させているんだ。キャンバスがなくなったら、次はどんな方法をとるか分からない。これで平穏が買えるなら、安いもんじゃないかな」  管理人のくせに、まるで他人事みたいに冷めた口調で、あいつは返した。昔はへらへらとよく笑ういたずら坊主だったくせに、ずいぶんやさぐれた大人に育ったものだ。先代の管理人だったじいさんと一緒に街へ出てきてガキどもと遊んでいた頃の面影は、もうすっかりなくなってしまった。  アパートに書きつけられた汚い言葉をあらかた消し終えた俺は、一番の重労働に取り掛かるべく製薬プラントへ向かう。洗浄機を担ぎながら街を歩く俺に、ぼうっと突っ立っているガキどもが視線を注ぐ。 「おいたが過ぎるぞ、お前ら」  そう嗜めてみても、やつらはこれっぽっちも反応を示さない。反省も反抗も宿っていないビー玉みたいな目玉でこっちを見つめるばかりだ。  薄気味悪くなって、早足でプラントへの道を辿る。すれ違うのは子ども、子ども、子どもばかり。どいつもこいつも、今が昼なのか夜なのかも分かってないみたいに虚ろな顔をして、ボールを投げあい、力なく走り回り、ままごとのまねごとみたいなことをしている。昨日も、一昨日も、おそらくは明日も同じことの繰り返しだ。壊れたゼンマイ仕掛けみたいに。
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