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こちら側
男が一人、夜の中。
首が固い、肩が凝る、腕が張る。
身体が、鉛のようだ。
ああ、辛い。
今日は、何故だか、ぼんやりとする。
息が詰まる。
息が詰まって、詰まって、詰まって。
もういっそ、首を吊ろうか。
あの女のように。
言葉にせずに呟いて、男ははっと我に返った。
…俺は今、何を考えていた?
手には白いビニール袋。
袋の中身はがさがさとかさばる。
ちらりと右手に提げたビニール袋を見て、男は首を傾げた。
仕事帰りに、わざわざ遠回りをしてホームセンターに寄ったのだ。
何故だったか、覚えていない。
きっと、大したことじゃない。疲れていたんだ。ビールが飲みたかったのだ。
袋の中に覗いている数本のビールの缶を見て、頷いた。
いつもは近くのコンビニで買うのだが、まあ、たまには節約もいい。
なんせ、女で金を使った。
趣味のいいスーツのポケットで、スマホが振動している。
男は少し眉をしかめた。
前の女から乗り換えた新しい彼女は、見てくれのいい美人だが、やたらと金がかかる。
どこどこのレストランが美味しいらしい、このピアスが素敵だ、あの靴に憧れているの、と無邪気にさりげなさを装って、それでいて鼻先に己の欲望を突き付けてくる。
こちらも下心があったから、気前のよいふりをして、3度に1つは叶えてやった。
その甲斐あって、晴れて手に入れてはみたものの、遠慮というものがない。
次々と、尽きることなくお願いが沸いて出る。
顔も身体も極上だったが、すぐに飽きがきた。
これなら、前の女の方が、ずっといい。
控えめだが、よく笑い、料理も上手で会話も心地よかった。
いや、そうでもないか。
鼻に皺を寄せて、男は舌打ちをした。
あの女は、あろうことか、死んだのだ。
軽い気持ちで浮気をしたら、やたらと食って掛かってきたので面倒になり、電話もメールも放置した。
いつも通り聞き分けよくすぐに大人しくなったので、たまには会ってやるかと部屋に行ったら、深刻な顔で攻め立てられた。
かっときてつい、お前になどもう興味もない、と冷たく吐き捨てた時の、あの顔。
まるで、太陽が燃え尽きて、世界が終わったような顔をした。
どうしてよいのか分からずこちらも狼狽えて、お前など知るかと、逃げ出した。
放っておけば、いつも通り、元に戻ると思っていたのだ。
それなのに。
あの女は、首をくくって、死んだ。
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