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後悔、タラレバ、どんな言葉を取ってみても、自分の未練は表現できない。誰だって、必ず死ぬ。そう考えても、心は落ち着かない。音もなく頬を熱い粒が落ちてゆく。視界は歪み、もうこらえることができない。それでも、嗚咽が漏れることはない。考えてみれば、未練など抱く前に、不本意に死んでしまう人だっているのだ。それなら深く考える前にと屋上の縁に上った。30センチ程の段差。しかし、見えている世界がまるで違う。ふと空を見上げると、鳥がたった一羽、灰色の割合が少し減った空を舞っているのが目に入った。前にも見た気がするが、まったく思い出せない。人生最後。懸命に、一羽の鳥の記憶を掘り返している自分を、第三者的な自分が馬鹿にする。人生最後に、鳥の記憶。でも、―――。頭の中のモヤモヤは、解決してから死んだ方がいいじゃん。
第三者的な自分に反論した時、鳥の記憶が甦った。
***
白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まらずただよふ
若木先生は澄んだ声で、短歌の解説を始める。この澄んだ声を聞くと、どうしても授業を聞かないことに対する罪悪感に、サボりへの誘惑が負けてしまう。ガラス玉のように澄んだ先生の声には、感情の灯がともらない。それはまるで、教室の窓のように。快晴の青空、どんよりとした曇り空、校庭、反対側の校舎。透き通ったように見えるそれらは、窓硝子の存在など飛び越えて、僕の目に映ってくる。ただ青空だけが、曇り空だけがこの目に映り、窓など意識して見ることはまずない。先生の声も、僕らには聞こえているようで、実は聞こえていない。ただ国語というものを、間接的に届けているだけ。先生の声など、本当は誰も知らない。そしてクラスの大半の人間は、先生など眼中にない。皆が聞いているのは先生の声ではなく、国語の授業。見ているのも、概念としての意味ではやはり授業。ここにおいての先生は、窓硝子でしかない。
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