誰も知らない、君のこと

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  〝いつかまた、君に会えますように〟  ふと手を入れたポケットの中には、そう綴られた紙切れが押し込められていた。  いつの間に眠ってしまったのだろう。相当疲れが溜まっていたらしく、寝てしまった時の記憶が無かった。  まだ覚醒していない頭を振り、寝癖の髪を撫でる。そうだ。昨夜はバイトが深夜にまで及んでしまい、ひどく体に(こた)えていたのだ。  授業中に眠ってしまうなんて、なんと情けないことだろう。  自己嫌悪に陥りながら、ぼんやりと講義室を見渡した。  時刻は十七時を過ぎていた。授業はとうに終わり、先程まで満席だったこのホールはすっかりがらんどうになっている。  せめて誰か起こしてくれればよかったのに。  そんなことを考えながら、この講義に知り合いなどいないことを思い出す。  いや、この講義だけじゃない。うちの大学に……いや。この世界に、俺と親しい者など一人もいない。  誰も俺のことなんか見ていない。そんなこと、自分が一番分かっているのに。 「君。もう閉めるよ」  声を掛けられ、ようやく入り口付近に誰かが立っているのに気付いた。  先程の講義で登壇していた教授だ。指先でこの部屋の鍵らしきものを揺らしながら、じっとこちらを見つめている。  バツが悪くなり、慌てて立ち上がった。  こんなんじゃ講義中に寝ていたことがバレバレだ。肩に掛かっていたコートに素早く袖を通し、鞄を掴むと、そそくさと講義室を後にした。  
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