誰も知らない、君のこと

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   外に出ると、雪が舞い始めていた。  道理で寒いはずだった。予報では天気が崩れるのは深夜からと言っていたから、傘は家に置いたままだ。ただただ虚しい気持ちで校門までの道を走った。  授業なんか出ずに、早く帰ればよかった――そう後悔したが、でもやはりこの講義には出るべきだ、と心の内で訂正する。  二週に一度行われる〝現代アニメーション論〟。この講義は、毎年履修登録時に抽選が行われる程生徒が殺到する授業だった。  その人気の理由は二つ。一つは、毎回巨大スクリーンで有名なアニメーション作品や映像作品を見られるということ。そしてもう一つは、出席回数さえ確保しておけはこの講義は容易に単位が取れる、という都合の良さだ。  後者を目的とした生徒は、適度にサボる者も多い。おかげで俺のように抽選からあぶれてしまった人間でも講義に忍び込みやすいので、助かっている。  不意に強い風に煽られ、顔に氷の粒が貼りついた。  それらを払いながら、コートの喉元をぐっと握った。ふとフードの存在に気付き、被ってみる。意外にもその効果は高く、誰かに頭から抱きしめられているような温かさを感じた。  長年着こんだような、体に馴染む感覚。  でも、これは自分の上着じゃない。居眠りをしている間に誰かが肩に掛けてくれたものだ。  ずっと使い続けていた古いジャンパーは、先日とうとう肩口が裂けてしまった。アルバイトで稼いだ金は授業料と生活費に回しているので、服を買い足す余裕など無い。誰の親切だか知らないが、助かってしまった。  〝いつかまた、君に会えますように〟  ポケットからあのメモを取り出す。  ……いや。これは手紙、なのだろうか。でもノートの隅に走り書きをしたような、簡素な紙切れだ。  誰が書いたものなのだろう。  そして、誰に向けられた言葉なのか。もしかしたらこう見えて、大切な誰かへ宛てた手紙なのかもしれない。  不意に、このコートを気安く持っていてはいけないような気持ちに駆られた。  しかし今更どうしようもない。バス停に着き、メモをポケットにしまうと、俺はバスに乗り込んだ。  
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