誰も知らない、君のこと

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   *  俺がこの大学に入学して、この冬で九ヶ月が経とうとしていた。  念願の美術大学、念願の映像学科。とは言っても、この大学は美大の中でもランクは下の方で、さらに俺は補欠合格だ。この半年間の成績もイマイチで、そのせいかクラスメイトは俺に近寄ってはこなかった。  類は友を呼ぶという言葉があるが、その通りである。  皆、おおよそ自分と同じ成績の者たちとつるむので、俺と話そうとする人はいなかった。つまりは俺と関わる価値が無いということなのだろう。  それは致し方ないと思ったが、誰の目にも俺が映っていないかのような空気感は、やはりつらいものがあった。  翌日も気温は低く、悩んだ末、俺はコートを着て家を出た。  コートはシンプルなダッフルコートで、とても温かった。真冬でもペラペラのジャンパーで凌いできた自分にとって、これは青天の霹靂だ。世の人々が、こんなにも快適な状態で冷たい冬をやり過ごしていたとは知らなかった。  そしてもうひとつ、このコートの素晴らしさを語るならば、そのデザイン性だ。  一見すると何処ででも売られていそうな灰色のコート。だがよく見ると、様々な生地を縫い合わせて作られているのが分かる。  布地の素材については詳しくないが、裾辺りはモコモコとした起毛、肩周りは少し光沢感のある布。随分と凝った作りだ。だけれどシンプルさも兼ね備えているから、俺のような洒落っ気の無い者が着ても〝服に着させられている〟という感じがしない、適度なデザイン性だった。  俺はすっかりこのコートが気に入ってしまった。  金もセンスも無い、大学の評価も低い、冴えない男。そんな自分が、これを着ていると少しだけ明るくなれるような気がした。  ……しかし、このコートはいつかは持ち主に返さなければならない。  やはり、肩に掛かっていたからそのまま頂戴する、という気持ちにはなれなかった。安そうなTシャツか何かならまだしも、コートはおいそれともらえるような代物ではない。  とはいえ服の持ち主は分からないのだが、ヒントはあるような気がしていた。  
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