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「すみません……〝ワタナベカナエ〟さんって知ってますか?」
その日、俺はコートを片手に、テキスタイル棟で聞き込みをした。
〝ワタナベカナエ〟――コートの裏には、そう印刷されたブランドタグが付けられている。
俺は、この〝ワタナベカナエ〟がコートを俺に掛けた人物なんじゃないかと思っていた。
有名所ではなくとも、うちは一応美術大学だ。将来の夢、または趣味として服を作る生徒は多い。それに、通常の衣服には必ず付いているはずの素材タグがこのコートには無いことも、これが既製品ではないことを想像させた。
――あの講義に参加していた、うちの学校の生徒である〝ワタナベカナエ〟が、自分の名前をブランド名にしたこのコートを製作し、あの日俺の肩に掛けた。
そんな想像が、俺の中にできつつあった。
根拠など無い。でも何故か、俺はこのコートを俺に託した人物に興味があった。
〝このコートをきちんとこの手で返したい〟――もちろんその気持ちはあったが、何か、気になるのだ。この人がどんな人物で、何を考えてコートを俺に掛けたのか。
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