誰も知らない、君のこと

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   *  それから、俺はコートの持ち主を探すのをやめてしまった。  たった数人の生徒に声を掛けただけで臆してしまったのだから、情けない。でも俺はようやく理解していた。  金もセンスも無い、大学の評価も低い、冴えない男。そんな自分は、この大学に不釣り合いなのだと。  ちょっとオシャレぶった、この素敵なコートを着こなすこともできない。どんなに努力しても、俺はカラフルな彼らのようにはなれない。俺は永遠に、クラスメイトの視界には入らない。  この大学に来てもう半年以上が経っているのに、俺はずっと、ここにいることが場違いのように感じていた。  それを隠すように必死に勉強をしてきたが、とうとう現実を見てしまったような気がした。それに気付いたところで、今更どうしようもないのだが。  二週間が経ち、俺はまた〝現代アニメーション論〟に忍び込んだ。  席に着くとコートを脱ぎ、それを脇に置いた。そのまま忘れた振りをして、置いて帰るつもりだ。もしこの講義室にコートをくれた人がいるならば、見つけてくれることを願っている。  今日の映像上映は、モノクロのアート作品だった。  路上に水が流れていくのを、ただただ様々な角度から撮影しているだけの作品。その不思議で自由な光景を眺めながら、俺はぼんやりと考えていた。  例えば、俺にセンスがあったなら。  発想力が。実力があったなら。  いつの日か、ファッションブランドのプロモーションビデオを撮ることもできたのだろうか。  頭の中に映像が流れていく。教会、廃墟、湖の畔。その中で、男女が楽しそうに踊っている。服装は、シンプルだけれどどこかワンポイントのある、魅力的なデザイン。  その服のブランド名は、〝ワタナベカナエ〟。  
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