誰も知らない、君のこと

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  「君。もう閉めるよ」  そう声を掛けられ、目を覚ました。  はっとして辺りを見渡すと、そこには誰も居ない講義室があった。同時に、嫌な汗が出る。  またやってしまった。  振り向くと、教授が講義室の入り口に立っていた。先々週と同じ状況だ。顔も覚えられてしまっただろう……真剣に講義を行なっている教授に対し、申し訳無い気持ちになった。  鞄を持ち、慌てて入り口へと向かった。  そして教授の脇を通り抜ける。その瞬間、引き止めるように声を掛けられた。 「君さ。この講義、履修登録してるのかい」  ぴたりと足を止めた。    講義の出席確認は、冒頭で配られる用紙に自分の名前を書き込むシステムになっている。  俺は抽選に外れたから、この授業に登録されていない。それでも講義を見たくて忍び込んでいるだけだから、出席用紙を提出したことは無い。  でも、教授は生徒らの顔と名前など一致していないはずだから、「登録してます」とだけ言えばよかった。  ――なのに、咄嗟の嘘をつく余裕も無かった。 「……すみません」  つい、そう言ってしまった。  そしてそろりと視線を上げる。しかし予想に反して、教授は笑っていた。 「いや。まあいいんだ」  初めて見る、教授のその柔らかな笑みを俺はまじまじと見つめた。  教授はいつも映像を流した後、その作品の制作背景や考察を述べる。その時はいつも真面目なトーンだから、その優しげな表情に面食らってしまった。 「いやに真面目な生徒がいるなと思ってね。ただ単位欲しさに居眠りしに来てる生徒より、嬉しいもんだ」 「いえ……別に真面目なんかじゃ……。……今回も前回も、講義中に寝てしまいましたし」 「でも、最近だけだろう。いつもはちゃんとノートまで取ってる。テストも無いのに」  そう言われて、ひやりとする。 「……壇上から、結構見えてるんですね」  恥ずかしくなり、足早に外に出た。  百人は入るだろう、この大ホールで教授が生徒のことを観察しているとは思わなかった。俺は一面に転がっている、何の個性も無いカボチャのひとつだったろうに。  
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