真っ赤な白鳥

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 屋上に出てみると外は嫌気がさす程の晴天だった。  暑い。夏だから仕方がないけど、俺は暑さに弱い。いらいらしてくるんだ。噴き出す汗と、割れんばかりのセミの合唱。  こんな都心でもやつらは大量に棲息している。アホみたいに存在を誇示して女を探す。……まあ、人間にもそういう人種はいるか。違うのは声のデカさとクソみたいな浅知恵。知恵がない分、セミの方がよっぽど共生しやすい。耳さえ、塞いでいればいいんだから。  俺は胸ポケットにタバコを探す。こんな小さな雑居ビルでも、最近はどこにも灰皿を置いていない。でもこの世の中には、愛煙家はセミと同じぐらい大量に棲息している。大体屋上に行けば、扉を開けてすぐ『防火用』なんて書いた赤いバケツが置いてあって……ほら、思った通り。  タバコに火をつけようとして、俺は手が汚れている事に気付いた。あー……、洗えば良かった。さっきトイレの前を通ったのに。まあ仕方ない。シャツの胸に手の平をこすりつけ、当座はこれで良しとしよう。俺は煙を胸いっぱいに吸い込んで、やっと落ち着く。出来ればコーヒーも欲しい所だが、そこまで望むのはさすがにワガママだろうか。 「……あ。……ども」  一服して目を上げると、なんとそこには先客がいた。若い……と言っても、22の俺よりはそこそこ年上であろう女だ。このクソ暑いのに真っ赤なワンピース。長い髪は先がカールしていて、汗に前髪が濡れているのが見て取れる。まあまあ綺麗な、にじむ汗が少々色っぽくもある……女。  女は屋上の柵にもたれ掛かって、俺の方を驚いたような顔で見ている。景色を見ていたのかな。邪魔しちゃって悪かったな……と目を逸らそうとした俺に。 「どうも。今日も、暑いですね」  その女はにっこりと笑ったのだ。やけに艶っぽいその笑顔に、俺は何だか妙な気持ちになる。  女は足元にカバンを置いて、手には白い封筒を持っている。俺はこの女と少し話がしたいと思って。 「それ、手紙? 読ませてよ。いいでしょ? 読み終わるまで、ちょっと待ってくれる?」  女に近寄りその手を握る。バケツ横の日陰にまで引っ張っていって……。   もう1本タバコに火をつけ、その分厚い手紙をおもむろに開く。  女は俺の隣で、少し困ったような顔をして俺が吐き出す煙をじっと見つめている。
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