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そっと揺り起こした。
お客かもしれませんよ、と言うと、途端にいびきは途切れ、はっとしたように目を開いた。
てい、着物は、と言うので、枕元にありますよと答えておいた。無言で支度を始める一君を置いて、わたしは暗い廊下に出る。
すぐそこの三和土を見る。日がささないそこは、昼間でも鬱蒼と暗かった。
ひんやりと涼しい部屋には、既に上がり込んでいる人が立って背中をこちらに向けていたのだった。
囲炉裏を挟んで、わたしはその人に向かった。
土方さん、と声をかけたが振り向かなかったのでおやと思った。
薄暗い部屋に目が慣れてくると、そこにいるのが土方さんではないことに気づいた。
ばくばくと、心臓が走り始める――山南さんが、そこに立っていたのだった。
「山南さん……」
押し殺したような声になってしまった。
ゆっくりと山南さんは振り向き、その時、帯刀した刀がかちゃりと冷たい音を立てた。
無機質な、まるで人間味のない目つきでこちらを見ると、斎藤君は、と彼は言った。
穏やかな声、優しい抑揚、確かに山南さんなのであるが――喉元に突きつけられたあの切っ先――わたしはまず、彼が正気なのかどうかを見定めたかった。
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