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なんという目だろう、と思った。獲物を狙う猛獣みたい、どうしてこんな怖い人と口をきいているのだろう。
誰だって、一君には近づきたがらない。
近所の男の子たちだって、一君を最初から恐れているし、大人だって薄気味わるがっている。
「あの目がいけないよ。あんな恐ろしいご面相、しかもかなりの乱暴者だというじゃないか……」
近所でも乱暴者だと疎まれていた一君だ。単に無口で怖い顔で、剣術が抜きんでて強いというだけのことなのだけど、彼の子供離れした眼光と恐ろしい程の寡黙さが誤解を呼ぶのである。
幼いわたし、しかも父親を亡くして間もなくて、やっと山口の家の世話になり始めたばかりだった。
一君の真実の姿など知るはずもなく、わたしもまた、彼を怖い人だと避けていた。
ごくわずかな間だったはずだけど、わたしにとっては長い時間に感じられた。
息が詰まる思いで彼の視線を受け止めた。
やがて彼は、滅多に開くことのない口を開いたのである。
「腹が立っただけだ。なぜ謝る」
ぶっきらぼうな喋り方だったが、優しい声だと思った。
わたしは息をつくと、ようやく対等な人間として彼を見ることができるようになった。
なんだ、喋ることができるじゃないの、普通に。
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