その一 にせもの

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 ……。  わたしは袖の中で手を握りしめる。  手の中には、片時も離したことのない、薄汚れた守り袋が握りしめられていた。  「貞」と達筆で一文字書かれた紙が、小さく折りたたまれて詰め込まれており、わたしはそれを「母親の形見」として父から受け取っていた。  「貞」、それはわたしの名である。  てい、と呼ばれているわたし。  母の字なのだろう、美しく流れるような筆跡を、何度広げて眺めたことか――。  どこの馬の骨か分からない、にせものだなんて二度と言うな。  一君の無感情な声が蘇る。  かちゃかちゃと食器の音が穏やかに聞こえる中、わたしは俯いて座っていた。  食べられるわけがない。針のむしろに座っているような心地である。  わたしはどこかで分かっていた。  わたしは、父の娘ではない――。  (どこの馬の骨かわからない……)  「食べないなら、もう帰る。送っていこうか」  と、勝姉さんが気づかわしげに声をかけてくれた。  わたしはぐっと唇を噛むと顔を上げ、震える声に力を込めて答えた。  「一君のところに行ってまいります」  それは、山口のうちに厄介になるようになって、はじめてわたしが自分の意思を見せた瞬間だった。     
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