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……。
わたしは袖の中で手を握りしめる。
手の中には、片時も離したことのない、薄汚れた守り袋が握りしめられていた。
「貞」と達筆で一文字書かれた紙が、小さく折りたたまれて詰め込まれており、わたしはそれを「母親の形見」として父から受け取っていた。
「貞」、それはわたしの名である。
てい、と呼ばれているわたし。
母の字なのだろう、美しく流れるような筆跡を、何度広げて眺めたことか――。
どこの馬の骨か分からない、にせものだなんて二度と言うな。
一君の無感情な声が蘇る。
かちゃかちゃと食器の音が穏やかに聞こえる中、わたしは俯いて座っていた。
食べられるわけがない。針のむしろに座っているような心地である。
わたしはどこかで分かっていた。
わたしは、父の娘ではない――。
(どこの馬の骨かわからない……)
「食べないなら、もう帰る。送っていこうか」
と、勝姉さんが気づかわしげに声をかけてくれた。
わたしはぐっと唇を噛むと顔を上げ、震える声に力を込めて答えた。
「一君のところに行ってまいります」
それは、山口のうちに厄介になるようになって、はじめてわたしが自分の意思を見せた瞬間だった。
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