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詩篇より生まれし大地の獣
ヤマネ氏が腕組みをして、難しい顔で呟いた。
「あなた方の話を要約すると、この世界は『不思議の国のアリス』で、私たちは現実世界から、なんらかの方法で放り込まれた人間。もしくは仮想人格。そしてここを出たければ、ジャヴァウォックとバンダースナッチを消し去らなければならない。合ってます?」
ぼくとレイクスは視線を交わし合ってからうなずく。
「なんてことだ……」
その一言を最後に、ヤマネ氏は黙り込んでしまった。
長テーブルのお誕生日席では、未だに帽子屋テオフィルスが頭を抱えて座っているし、足元の三月兎の食欲は衰えることがない。ついでに言えば、雲一つない実に良い天気だ。気候も春のようで悪くない。
ぼくは遠慮がちにヤマネ氏に声をかけた。
「あの……」
「はい?」
「ぼくらの話、信じたの?」
だって不自然じゃないか。
こんな最先端技術を扱う会社に勤めているような人が、数百年は不可能だと言われているフルダイブ技術だかファンタジックな異世界召喚だかの話を、いともあっさりと信じるなんて。
ヤマネ氏は深いため息をついて、残り一欠片となっていた皿のクッキーをつまんで口に運んだ。ぼくもレイクスも彼の様子を見ている。彼はカップに残った紅茶を飲んで、ソーサーに空のカップを置いた。
「見てください」
そしておもむろに、最後の一欠片を食べて空にしたはずの皿を指さす。そこにはあるはずのないクッキーが山と積まれていた。
「え!?」
「わあ、ステキっ。いくら食べても太らないのがまたステキっ」
レイクスが嬉しそうに手を伸ばして山盛りのクッキーをつまみ、対照的にぼくは額に縦皺を刻んだ。
「手品?」
「違いますよ。このお茶会は終わらないんです。給仕もいないし、テオフィルスさんも動いていないのに、こうしてクッキーも紅茶もなくなることがないんですよ。キミたちの話を聞いて、ようやく謎が解けました。これは『アリス』で言えば、文字通り“終わらないお茶会”。だから自動的にいくらでも補充される。そう組まれたプログラムによって、です」
三月兎が延々と草を食べ続けても、草原を保っていられるわけだ。
兎は時折ぼくらを赤い瞳で見上げては、また地面の草を食べ続けている。ちなみに、芋虫ですら喋れる世界なのに、この三月兎が言葉を発することはなかった。
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