第九章 願望

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『私というものがありながらその女はなんなのよ!』──なんて怒鳴ればよかったのだろうか。 漫画やドラマではありがちな展開にアラサーの私はついていけなかった。というか、脚が動かなかった。いざ、ああいう場面を見ると実際人は身動きが取れなくなるんだなというのをこの身をもって知った。 怒鳴り込めるほどの度胸がなかった私。ただその場に佇み、ふたりして改札を抜け電車に乗って何処かに行っただろう後ろ姿を見送っただけだった。 しばらくしてようやく歩き出した脚を引きずってそのまま家に帰って来た。『おかえり、京ちゃん』と迎えてくれる声のない真っ暗な部屋を茫然と見つめて力なく崩れていった。 (あー……お腹、空いたぁ) こんな時でもお腹が空いて何かが食べたいと思ってしまう私は恐ろしい程に悲劇のヒロインには向いていない。 「……何かないかな」 ノロノロとキッチンへと向かい冷蔵庫を開ける。すると中には作りかけの食材が入っていた。タレに付け込んでいる状態のお肉にマカロニサラダ。 (これって、食事の支度途中で出掛けたってこと?) 益々智也くんの急用という行動が分からなくて混乱した。
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