第九章 願望

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その日の帰宅途中、電車を降りたところで携帯から受信音が鳴った。 (ん、智くんから?) 画面を確認すると【京ちゃん、ごめん。急用が出来て今日は晩ご飯が作れません。なので何処かで食べるか買うかして済ませてください】とあった。 (急用?) こんなことは初めてだったので少し驚いた。しかし驚きはしたけれど今までそういうことが無かった方が凄いとも思ったので何の疑問も持たずに【了解です】とだけ返信した。 (急用が何かは知らないけれどとりあえず詮索しない方がいいかな) なんて大人ぶった気持ちで急用が何かを知りたい気持ちを抑え込み、さて晩ご飯はどうするかなと考えた。 少し前まではごく当たり前の生活だった。帰ってから食事の支度をするのが面倒だからと外食やコンビニ食ばかりの日々。それが今ではそういうのが虚しい、侘しいと感じてしまうから不思議だ。 (ははは……完全に智くんに胃袋つかまれているな) 自虐気味に乾いた笑いを漏らしながら馴染みのコンビニで何か調達しようと思ったその時、駅のコンコースで智也くんを見掛けた。人が多くて一瞬見間違えかと思ったけれど着ていた服に覚えがあった。 (嘘、すっごい偶然) 外で会えたことに心が躍り、声を掛けようとした。──が、智也くんが向かった先の改札付近に若い女性がいた。その女性に智也くんは何やら声を掛けしばらく話していた。 その間、智也くんは遠目からでも分かる程に照れた仕草や表情を女性に見せていた。傍から見ればそれはとても仲睦まじい関係を思わせる雰囲気だった。 (……何、あれ) 私はしばらくその場から離れることが出来なかった。
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