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仮に彼が清廉潔白に折り目正しく同居生活をしても素のままの私という女を知ればそのうち嫌になって期間終了を待たずに同居を解消して出て行くだろう。そんな目論見も私の中にはあった。
(そうよ。私に幻滅してサッサと年相応の現実世界に戻るといいんだわ)
二十代と三十代とでは様々な考え、価値観が違う。そういうズレを早々に見つけて痛感して思い知ればいいのだ。私と結婚するなんて馬鹿なことだと。
「あ、末永さん」
食事を終え席を立とうとした時に声を掛けられた。
「土曜日は美味しいお菓子、ありがとうございました」
「あぁ。いえ、こちらこそいつもごめんなさいね。旦那さんに休日出勤させちゃって」
「いえいえ、お気になさらず。これからも必要があればいつでも真戸に声を掛けてください」
「うん、ありがとうね」
にこやかな笑みを残して彼女──真戸郁美は去って行った。
「今のって営業一課の真戸の奥さんだよね」
私と彼女のやり取りを見ていた涼子がほんの少しだけ表情を歪ませた。
「うん、真戸くんにはお世話になっているから。一昨日も清掃サービスやってもらったし」
「……ねぇ、京。大丈夫?」
「何が」
「顔、強張ってる」
「……」
知らず知らずの内に顔に出てしまったようだ。とっくに平気になっていたと思っていたことが。
去って行った彼女の左薬指に光るリングを見て微かに胸が痛んだのは何故だろうと思った。
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