第三章 契約

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少しして私は項垂れる彼の肩にそっと掌を乗せた。 「!」 一瞬ビクッと小さく体を跳ねた彼が私の顔を見た。 「ありがとうね、智也くん」 「……え」 「あんな些細なことをずっと気にしていたなんて……申し訳ないって謝りたいのは私の方だよ」 「……」 「八年前のあの時、智也くんがいってくれた言葉があったおかげで今の私がいるんだよ」 「……どういうこと?」 「結婚しなくてよかったってこと」 「は?」 「あんな男と結婚しなくて済んだのは智也くんのおかげだよ」 「……」 「私には無理だった。きっと頑張って無理してあの時結婚していたら今の気楽な生活は存在していなかった」 「……」 「私は元々結婚する気がなかったから。ただ周りから与えてもらった結婚してもいい環境だったから乗っかってみようかなって思った程度のことだったの」 「好きじゃなかったの? 相手のこと」 「じゃなかったみたい。結婚断られて一瞬茫然としたけれど、その後は思いのほか清々したって思ったくらいだから」 「……」 「そんな気持ちで結婚しなくてよかったと思ったよ。だからあの時の結婚が無くなったのは智也くんのおかげ。だから感謝することはあっても恨むことはないから気に病まないでよ」 「……そう、だったのか」 今まで強張った表情を浮かべていた彼の顔がゆるゆると解れて行くのを見て私もホッと安堵した。
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