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彼のように、自分の知らない人生の中に、今の自分にとって大切なものがあるかもしれない。
しかしその反面、先ほどの少女のように、忘れていたトラウマを再び植え付けることになるかもしれない。
私の心中は揺れ動いていた。
片方に傾き、もう片方に傾き、一向にとどまらない。
さっきと同じように頭上を仰ぎ、大きく息をついた。
そして、不意に横に視線を向けた時。
椅子に腰かけていた、年配の女性と目が合った。
「こんにちは」
優しそうな声で挨拶をくれたおばあさんに、私も挨拶を返す。
「疲れてるようね。そんな暗い顔をしてると、せっかくの美人がもったいないわよ」
「え? あ……どうも……」
「お嬢さんも、自分の本を探しているのかい?」
「はい。でも、なかなか見つからなくて」
苦笑して答えると、おばあさんはうんうんと頷いてくれた。
「……おばあさんもですか?」
「ええ。それがね……さっき、やっと見つけたのよ。自分の本」
私は、えっ、と身を乗り出すような形で反応した。
「そうなんですか……! どう、でしたか……?」
訊いていいのかどうか分からないようなことだったが、つい感情が先走ってしまい、私は少し自らの発言を後悔した。
しかし、おばあさんは優しい笑顔のまま、
「ええ……とても良かったわ。つらいことはあったけれど、人生で最高の人に巡り合えて、娘や孫にも恵まれてね。その夫には、先立たれてしまったんだけどねえ」
思い出をたどるように上を見上げながら、おばあさんは続ける。
「でも最期は大切な娘や娘の夫、大好きな孫に病院で看取られながらね。そういえば最期に誰かが、ありがとうって、言ってくれたかしら。いろいろあったけど、最期があんなに幸せなものだったとはねえ……」
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