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「サキちゃん、子供生まれたんだよ、ついに母。」 明美が自分で買ってきたコンビニのケーキをお皿に出してくれながら言った。 「マグカップしかないんだ。」 紅茶がいいと言った彼女のために、安物のティーパックで私のマグカップに紅茶を入れる。 狭い部屋の座卓の上にあったノートパソコンをベッドに移して、座布団を置いた。 「同窓会おいでよ。」 明美の言葉に曖昧に笑った。 「行けたらいくけど、まだ予定わからないから。」 嘘。予定なんてない。 「大谷君も来るよ。彼、まだ独身。」 「そう。」 17歳の時に付き合っていた男の名前を、彼女が出す理由はわかっている。 明美の左手薬指のプラチナリングが、キラと光を反射する。 「コンビニのケーキもすてたもんじゃないね。」 美味しそうにケーキを食べながら、私のマグカップで紅茶を飲む彼女の手元を見ながら、幸哉には私の手元がこんな風に見えていたんだと思っていた。彼から貰ったプラチナのリングは、私の左手の薬指でもう光を反射することもない。きちんと磨けばまた輝きを取り戻すのかな。 「小夜、こんな現代版仙人みたいな暮らししてちゃだめだよ・・・幸哉さんも望んでないよ。」 遠慮がちに彼の名前を出した明美を、チラリと見てすぐに視線を逸らした。 「煙草吸っていい?」 あの少し後から、始めた煙草は今もやめられない。 嫌いだった。でも私が吸わないと、この部屋から幸哉の香りが消えてしまう。 あの日私は、幸哉の音を無くした。香りまで無くなったら、私はどうすればいい?どうやって幸哉を思い出せばいい? 「そうだ!小夜、スマホ貸して。アプリ入れていい?」 ノートパソコンの隣にある私のスマホを手に取り、明美が微笑む。 「暗証番号は?」 明美の言葉に4桁の数字を告げた。見られて困るものなどない。 暗証番号はあの日。どうせ明美はすぐに忘れるだろう。
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