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【0709 street】
「俺のギターで歌わない?」
憧れ続けた先輩は、プロのギターリストをしている。スタジオ録音に参加したり、誰かのバックで奏でている。地味なプロミュージシャンだ。
「俺、サラリーマンとか似合わないでしょ?」
そう言って笑った彼からは、不安定な空気しか感じなかったけれど、好きだった。
「私でいいんですか?」
「おまえの声が好きなの。」
アコースティックギターのチューニングをしながら、彼は楽屋の角で私を見ずに答える。
好きという言葉が嬉しかった。恋人たちに使われる意味でなくても。
7月9日、大きな歩道橋の上で、私たちは音響を使わずに奏でた。
きちんと練習もしていなかったのに、そこそこの人数が立ち止まってくれたのは、人気曲のカヴァー数曲であったことと、彼のギターがさすがにうまかったからだと思う。
「とりあえず、成功な。」
一品が238円という激安居酒屋で、ビールのジョッキをカチンと合わせる。二人きりで食事をするのは、初めてだった。
「思ったとおり、おまえの声はストリートに向いてる。声量があるからな、マイク無くていい。」
不器用なほめ言葉のせいか、飲み慣れないビールのせいか、私の頬はすぐさま薄く染まった。
「酒、弱かったよな、可愛いな。」
彼の言葉にますます。
大きな歩道橋の上で週に一度、彼に会った。
そして歌った。彼のギターで。
そのままオールナイトのスタジオに行って、次の週の曲を決め、軽く練習をする。
一週間、一人で録音された彼のギターの奏に合わせて練習をする。
そして次の金曜に歩道橋の上で。
そんな時間が変わったのは、夏が終わる9月。
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