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1
夜の街は黒い粘液に浸っている。
街路灯の青い光のしみ、家屋の窓明かり、点滅する信号機。
粘液の波間に浮き沈みする光のグラビアのようだった。
耳の奥を虫が這いまわるような音が壁から壁に伝わり、邪悪そうに窓ガラスを叩いた。
部屋の窓を開けるとねっとりした夜風が吹き込んだ。
ぐすぐす ぐすぐす・・・
耳障りな音だ。
が、いつもの聞き慣れた始業終業の電子音に変わった。
キーンコーン・・・
風向きによっては街のいろんな音がドップラー効果を発生させるが、学校のチャイムが鳴る時間ではない。
誰かが学校に忍び込んで悪戯を?
現在の時刻は、午前1時。
「そんな酔狂な奴はいねえよ」 橘内武は窓を閉めた。「だけど、俺のせいかな? 放送室のタイマーは切ったし、ブレーカーも落としたはず・・・」
文化祭実行委員の彼は、放送関係も担当していた。
机の上に無造作に置かれた<心得>のプリントを眺めた。
(教室、放送室、体育館など設備の使用後は必ず電源をオフにして帰ること)
「以前にもあったんだよなあ。あんときはタイマーの切り忘れだったけど、今回は、確かに点検したはず・・・ま、いっか」
ひとごとのようにつぶやくと、大きな欠伸をして、電気を消し、ベッドに寝転んだ。
2
翌朝。
学校の放送室の前で女生徒が待っていた。
朝倉麻衣。
武と同じ2年生、彼女も文化祭実行委員のひとりだった。
丈の短いスカートを穿き、ショートボブを茶色に染めた、弾けた感じの少女である。
「おはよ、橘内くん。きのう帰るときさ、放送室の分電盤切ってたよね」
麻衣は昨夜のことを言っているのだと、武は思った。
「ああ、切ったと、おも、う」武は歯切れ悪く答えた。「だからさ、朝いちで確かめに来たんだよ」
武の手には放送室の鍵が握られている。早速、警備室から借りて来たのだ。
部屋に入り、壁際の分電盤を開けると、全てのスイッチがオフになっていた。チャイムタイマーもオフ設定になっている。
「げ、マジかよ」
武はうなった。
「ねえ、放送室ってさ、もうひと部屋あるの、知ってた?」
突然、麻衣が意外な事を切り出した。
「え、ここのほかにも、放送室があるのかい?」
「うん。あんまり使われないけど、体育館の上に小部屋があるの知ってるでしょ」
「ああ知ってる。物置きみたいな小部屋だろ?」
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