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カメラワークは男女の顔をズームした。
麻衣と大場だ。
画角が変わった。
生クリームがてんこ盛りのパンケーキの皿、クリームの浮いたウインナコーヒーのカップ。
背筋にぞっとするものが走った。
誰が写したのだ?
あたしたちの周りには、撮影しているそれらしき人物などいなかったはず。
麻衣は顔を上げて後ろを振り向いた。
誰もいなかった。
図書館内の閲覧者は麻衣だけのようだ。
スマホ画像に視線を戻した。
「いやあああ!何これ!」
パンケーキの生クリームが<茶色い虫>の群れに変わっていたのだ。
そればかりではない。ウインナコーヒーにも鼠色のダンゴ虫が無数に浮いていたのだ。
大場が茶色い虫の塊を口に入れて咀嚼しはじめた。千切れた虫の肉片が唇にこびりついている。
麻衣もダンゴ虫が浮いたウインナコーヒーを飲んでいる。喉元がごくんと動いた。
合成動画だとしても、ひどい悪戯である。
誰の仕業だ?
恐怖よりも怒りが先に沸いた。
マンションのドアをこじ開けようとしたあの幽霊だろうか。
幽霊みたいに実体の無い物は逮捕できません、と警察が言うのなら、あたしがやっつけてやりたい。
麻衣はスマホを操作したが、一向にスイッチが切れなかった。
バッテリーを抜き取っても、動画は回り続けた。
「くそお!水浸しにして壊してやる!」
水が豊富にある場所といったら・・・トイレしかない。
立ち上がったとき、画像が切り替わった。
「ひィっ!」
図書館の玄関が映ったのだ。
パンジーのプランター。
エントランスホール、図書館員の受付カウンター。
書籍棚と書籍棚の間の通路。
郷土史料の本。
麻衣が歩いた箇所を同じように、何者かが跡をつけている。
シュリ シュリ シュリ・・・
床を擦るような足音が聞こえた。
画面に、パソコン前に座っている麻衣の後ろ姿が映った。
制服の襟、染めたショートヘア、足元のスクールリュック。
すぐ真後ろに誰かいる!
生ゴミのような腐臭が漂う。
麻衣は本能的に振り向いた。
誰もいなかった。
緊張感が解けないまま、当たりの様子を窺った。
そのとたん、何かが咽喉にこみあげてきた。異物のかたまりがつかえている感じがした。
激しい吐き気。
トイレまで我慢できなかった。
手を口にあてがうと同時に、吐瀉物が指の隙間から溢れた。
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