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浅倉麻衣が眼を開くと、真っ先に視界に飛び込んだのは、ブラインドの隙間から洩れてくる夕陽だった。
ベッドに寝かされているのがわかった。
肩まで毛布が掛けてある。
「浅倉麻衣さん!」 記憶にない声が遠くに聞こえた。「起きなさい! さあ、早く! 眼を覚まさないと、あちら側に持っていかれるよ!」
「うううんん・・・」
麻衣はやっとの思いで舌を動かした。
起き上がろうとすると、急に眩暈がした。極度の疲労感に包まれて、手足が動かない。
「これを飲みなさい」
見知らぬ女が、黄色い液体の入ったコップを差し出した。
すすめられるままに飲むと、喉の奥に焼けるような痛みとトウモロコシの香りが鼻を抜けた。
激しくむせた。
苛烈な刺激が体内に行きわたり、悪夢の記憶が戻りはじめた。
形容しがたい恐怖感が蘇った。
それは数秒間続いて、鎮静化した。
麻衣は、ようやく、自分の状況を把握することができた。
花柄模様のパジャマを着せられて、ベッドに横たわっていたようだ。
見知らぬ顔と視線が合った。
一人は大学生風の若い男。黒っぽい上着にジーンズ。
もう一人は二十代後半くらいの、髪をアップに留めた女だった。薄いオレンジ色のロングカーディガンを羽織っている。
「僕は田部良太。鳳星(ほうせい)大学の2年生。緑ヶ丘高校の卒業生。社会科の飯郷先生にはたいへん世話になったんだ。初めまして、よろしく」
若い男は頭を下げた。
「わたくしは、刀利聖末(とうりさとみ)と申す。第二天界は刀利天よりエンブダイに参上した者。以後、お見知りおきを」
今度は女が挨拶をした。
麻衣は、女の意味不明な喋り方に、呆気にとられた。まじめなのかコミカルを演出しているのか、判断に迷った。
「驚きましたわ。わたくしたちが図書館に行ったら、貴女は服を脱いで裸になっていましたから。あれは、いうなれば悪霊憑依の儀式。貴女はとんでもない魔物に惚れられてしまったようね」
狂乱状態の女子高校生を、田部良太が担いで、車に乗せたという。
浅倉麻衣が運ばれた場所は、東京六本木の超高層オフィスビルの一画。
「実は、飯郷先生に頼まれましてね。僕も、午前中に図書館に行って貴女と同じ調べ物していましたよ」
田部良太がベッド脇の椅子に腰かけた。
「でも飯郷先生は・・・」
麻衣は身を固くして天井を見上げた。
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