強風

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強風

 天魔の塔の地下迷宮。その最下層。  一人の少年が横たわっていた。その奥の壁には、巨大な穴がぽっかりと口を開けている。  少年の名は、バーン・イーグニス。意気揚々とやってきた地下迷宮で、落とし穴の罠にはまり、最下層に落とされた。モンスターと一度の戦闘もせずに。  最下層は、毒々しい空気で満ちていた。普通の人間ならば、数分で気分が悪くなるであろう。これが、強大な力を持つ魔物の住む世界なのだ。  その邪気が充満する中に、一人の悪魔が鎮座していた。魔王の側近たちと同レベルの力を持ち、周囲から恐れられている存在。しかし、自由気ままな振る舞いから、その地位は決して高くはなかった。まさに、異端である。  悪魔の名は、ゲイル・ヴァーティゴ。魔物たちが魔王に忠誠を誓う中で、ゲイルにはそれが欠如していた。  ゲイルは、他の魔物が魔王に忠誠を誓う理由がさっぱり分からない。別に魔王に何かしてもらっているわけではない。魔王は、魔物の地下迷宮で生きるモンスターたちのシンボルではあるが、特に崇拝する理由にはならない。  自分にもう少し力があれば、魔王を打ち倒し自分が次代の魔王として君臨することができると常々考えていた。魔王になったところで、他の魔物を支配するつもりなどさらさらなく、自由にやりたいだけなのだが。  だが、それには力が足りない。今のままでは、魔王の側近たちに束になられては勝ち目がない。その後に魔王も控えているというのに。  今のままでも十分に自由にやれている。無理して魔王を倒すこともない。ここ数十年は、そんな考えが頭をもたげているのも事実だった。  そんなゲイルの前に、一人の人間が転がり落ちてきた。地下一階の落とし穴から落下してきた人間。その人間を殺すことがゲイルに与えられている役目だった。  しかし、大抵その人間たちは、ろくな装備も身につけていない。恐らく大した戦闘経験もないのだろう。到底、戦士とは呼べない、ただの人間たちだ。  ある程度、闘いが楽しめるならまだいい。しかし、赤子の手をひねるようなことを続けるのはゲイルの性には合っていない。最近は、自ら手を下さず、部下に任せるのが常となっていた。
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