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力の英雄
バーンが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。あのピルゴスにある宿屋の天井だった。
「おや、目が覚めたかい?」
声のした方に顔を向けると、宿屋の女将さんがイスに腰掛けているのが見える。
起き上がろうとするバーンを女将さんが制する。
「まだ、無理はしないほうがいいよ。なにせ、三日三晩も寝ていたんだからね」
三日も寝続けていたのか……。確かに、体中を倦怠感が覆っていた。
「酷くうなされていたんだよ。……恐ろしい夢でも見たのかい?」
女将さんが心配そうにバーンの顔を覗き込む。
夢……。はっきりと覚えてはいないが、別の何か恐ろしい力を持ったものに自分の体を乗っ取られる夢を見ていた気がする。バーンの頭の中は、重く、まだぼんやりともやがかかっている様な状態だった。今だ、悪夢の中にいるようだ。
頭を振ると、若干だが、頭の中のもやが晴れたような気がした。
「そういえば、僕はどうしてここに?」
頭のもやが晴れるにつれ、やっとバーンの頭が働き出してきた。
地下迷宮で落とし穴に落ち、落下した先で気を失った……はずだ。正確には、落下した後から記憶がないのだが。
「何にも覚えてないのかい?」
「……はい。地下一階でモンスターの大群に追いかけられて。なんとか逃げ切った先で、落とし穴に落ちたまでは覚えているんですが。落下してからは、なにも……」
それを聞いて、女将さんが驚く。
「始めての冒険だったのに、災難だねぇ」
しかし、女将さんの顔はとても残念だという表情には見えない。むしろ、嬉しそうな印象を受ける。
「あんたを助けてくれたのはね、あの『力の英雄』だよ!」
「……はぁ」
女将さんのどうだと言わんばかりの表情は、バーンのリアクションで見事に肩透かしを食った。
「……ひょっとして、力の英雄ヴィゴ・バトルロードを知らないのかい?」
無言でバーンが頷く。
「本当かい、あの有名人を知らない?」
再び、バーンが頷く。それに女将さんは目を見開き、口をポカンと開けて驚きを隠さない。
「……なんと、まあ。このピルゴスにヴィゴ・バトルロードを知らない人間がいるとはねぇ」
女将さんはそう言って立ち上がると、まるで学校の先生にでもなったかのように説明を始めた。
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