第一章 消える

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「あれ、なんで俺のだけ?今日あいついないの?」  洗い物をしながら母が聞き返す。 「あいつ?」 「何言ってるの?あいつだよ。朝から部屋にいなくてさ。」 「あいつってだあれ?まさかお友達でもきてたの?」  さも当たり前のように返ってきた言葉に箸が止まる。 「え?」 「もう。お友達を泊めるときは先に言っててくれないと。ご飯もうひとり分追加かしら?」  まったく、いつも相談もせずに・・・とぶつぶつ言いながら、手を拭いて母は冷蔵庫を開ける。その動作が冗談に見えず、Aは混乱し立ち上がった。 「ちょっと待って!友達とか呼んでないし!あいつだよ!弟!弟のー」  そこまで言って固まる。ヒュッという音とともに出てきたのは名前ではなく、行き場のなくなった吐息だった。 (弟の・・・誰だ?俺は、今、なんて・・・?)  確かにいた、はずだった。しかし、なんの疑いもなく先程まで鮮明だったはずの記憶が今はおぼろげで、顔も、名前も、はっきりとしない。頭の中からどうにか情報をつかもうとするが、そこにあるはずの記憶はつかもうとすればするほどまるですりぬけるように、歯がゆさを残して消えていく。 「何、言ってるの?弟なんていないじゃない・・・。煌太・・・。どうしたの?」
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