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私はそれを怖れた。オゴエが置かれた状況を見て、いっそう怖れた。私にはできたばかりの友達がいた。大切だった。失いたくなかった。何よりオゴエのように転落したくなかった。だから、彼を無視した。彼と一緒に長い時間を過ごしたことを誰にも秘密にし、頭の中の大越雪人の文字に何度もバツをつけて、オゴエ、と書き直した。私は皆が見るような目でオゴエを見、みんなが扱うようなやり方でオゴエを扱った。
だけど、そんな卑怯な私に神様は罰をあたえたのだろう。今年になって、オゴエと私は同じクラスになった。そして今、こうして逃げ場の無い状況で、彼と二人向き合っている。
沈黙が気まずくなった。時間の進みは粘りつくように遅かった。壁の時計を見た。秒針が四十七秒と四十八秒の間を、のぼりきれずに何度も行きつ戻りつしているのに気付いた。
「だから、帰っていいって」
オゴエが言った。私の考えていることなどお見通しのようだ。
「私に指図しないで。それに、おまえとか呼ばないで」
オゴエはまた鼻で笑った。
「あんたさあ……」
何を言うべきかわからないまま、口を開いてしまった。
「何だよ」
「ダメだよ、このままじゃ」
「何が」
「あんた、何されても反撃しないじゃない。だからキタノたち調子にのるんだよ」
味方のような顔をして私は説教をはじめた。
「殴られたら殴り返せっていうのか?」
「そ、そうよ」
「ピアニストの命は何だと思う」
「え?」
「指だ。くだらないことで指を傷つけたくない」
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