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声はそう言っていた。しつこく何度もそう呼びかけていた。簡単なことのはずだった。立ち上がって黒板まで歩いて、黒板消しを手に取る、二十秒ほど右手を上下させる、それだけだ、何も難しくない。ただ、その瞬間に、クラス全員に認定されてしまうのだ。
私はオゴエの味方だと。
迷っているうちに彼が登校してきた。後ろの扉から入ってきて、まっすぐ自分の席に向かおうとして、机と机の間で黒板に書いてあることに気付いて、凍りついた。
カバンを投げ出し、ニヤニヤしながら様子をうかがっているキタノのところにつかつかと歩み寄り、いきなり胸ぐらをつかんだ。彼がそんな行動をとったことは今まで一度もなかったから、キタノはにやけた顔のまま固まってしまった。
「おまえがやったのか」
ゆっくりと、食いしばった歯の間から押し出すような声で、彼は言った。
「は、放せよオゴエ、何言ってんだかわかんねえよ」
彼は襟元を掴んだ両腕に力をみなぎらせ、キタノを引きずり上げて立たせた。
「俺の姉さんは売春婦じゃない」
「じゃあ教えてくれよ、実際にはどこのなんて店で働いてるんだよ」
彼はチビのやせっぽちだ。キタノとの身長差は二十センチ近くあって、はるか下からキタノの顔を睨みつけている。それでも威圧しているのは彼のほうだった。
「何だよ、言えねえんじゃねえか」
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