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「舞さん、さっきの誰ですか?」
お客様が途切れた瞬間、かなり近距離に郁ちゃんが私に顔を近づてきた。
くると思った……。
「理の塾の先生よ」
「え、あんなカッコいい人が塾の先生なんで……」
郁ちゃんは口元を手で押さえる。
その理由はよくわかった。
たぶん直のいる店内で、他の男性を褒めていることにハッとしたのだろう。
「5年の担任なの」
「忘れ物してたみたいだけど、昨日会ったのか?」
直が背後にいて驚く。
彼は空になった塩バターパンのトレイを取りに来たようだけど。
「直樹さん、私やります!」
郁ちゃんは、少しでも別の男性を褒めた自分を挽回したいのだろう。
可愛らしい。
「悪いな、ありがとう」と郁ちゃんに任せた直は、私を見つめ答えを待っている様子。
「昨日たまたま図書館で会って……」
とてもお茶したなんて言えない。
郁ちゃんに誤解される。
「へぇ、そうなんだ」
「うん。また忘れ物しちゃった」
ペロッと舌を出すと「バカめ」と頭をこつかれた。
「痛っ……」
「大袈裟」
「痛いし。あ、そうだ、直。さっき先生にお礼のラスク入れたの。あとで払うから」
すると直の眉間にほんの少ししわが寄る。
「前にラスク持ってったの、あの先生?」
「そう。前も忘れ物届けてもらってって……前にも言ったじゃん……」
「……バカめ」
直は軽く睨むと、厨房へ戻っていった。
バカバカって、本当のことだけど……。
私は直には聞こえていないだろうけれど「もう」と唇を尖らせた。
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