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「本題、いきます!」
とても見られない。
顔を下げ、テキストに視線を向ける。
どうか、望月先生が顔の熱さに気がつきませんように……。
だって私の頬はきっと、赤い。
コツを覚えた私はテキストのものも楽に解けることに驚く。
望月先生のすごさを感じた時、彼に「櫻木さん、お電話では?」と言われた。
「え、あ……」
小さくだが、バッグの中からスマホの着信音が耳に届いてきた。
電話の主は直だった。
“理絡み?”と焦る。
頭に理の時間割りを思い浮かべながら“すみません”と望月先生に断り背を向け、「もしもし、直?」と電話に出た。
「舞、今暇か?ちょっと頼みがあるんだけど」
“よかった”とホッとしつつ「どうかした?」と返す。
どうやら理絡みではないよう。
直の頼みは“アルマ”から車で15分ほど離れた場所にあるパン屋の視察に行かないかというものだった。
そこは新規オープンしてひと月ほどのパン屋。
同業者だけに新規のパン屋は直にとって気になるところだろう。
直には先週、理を見ていてもらった借りがあるため、私は承諾した。
それに、望月先生をあまり長い時間拘束してしまうのも悪いだろうから。
電話を切り、姿勢を戻すと望月先生と目が合う。
「……望月先生、すみません」
「急用ですか?」
「……すみません」
急用ではないけれど、否定するのもなんだか申し訳ない気がした。
「いえ、いいんですよ」
「あの、今日もお付き合いしてくださりありがとうございました。望月先生の説明、とてもわかりやすかったです。さすがって感じでした」
「いえ……僕の方がお誘いしたので」
望月先生が頬を掻く。
「お誘いいただき、ありがたかったです」
「……そうですか」
彼が微笑む。それが素敵で、落ち着かない私はテキストをバッグに仕舞い保たせた。
「あの、今後とも理をよろしくお願いいたします」
「こちらこそです。あの……」
「本当にありがとうございました!お先に失礼いたします」
私は立ち上がると深く頭を下げ、店を出た。
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